対談「砂防環境整備事業 ホタル水路計画」

対談「砂防環境整備事業 ホタル水路計画」

フジ技研の業務のひとつに建設コンサルタントというジャンルがあります。 主な事業内容は、河川・道路整備、橋梁の設計、宅地造成の設計など市民生活に必要不可欠な要素から都市計画など町づくりの土台設計など、多岐に渡ります。それらの多くが私たちの暮らしに直結した内容であるにも関わらず、一般的には「公共事業」のひと言でサラリと片付けられてしまうものです。 では、「公共事業」をもっとわかりやすくするために具体例を挙げてみましょう。

たとえば、雨が降っても氾濫しない河川の整備。 たとえば、人や車が安心して渡れる橋の設計。 たとえば、住まいなどの建築物が建てられる土地の造成。

それらは、快適な暮らしを支える街の基盤であり、人や物が複雑に入り組んだ現代社会を成り立たせるための大切な要素です。 そうです、それらの当たり前のように在る便利さや安全こそが「公共事業」と呼ばれるものの大部分です。 ただし、社会というものは当たり前という名の物事には無関心です。問題が生じた時以外にスポットライトが当てられる機会はほぼないのが現実です。 しかし、これまであまり注目されることのなかった彼らの実績の中にこそ、今を生きる私たちが学ぶべきものがあることに気付きました。

人と動植物、暮らしと環境、自然と災害。 環境破壊が進むこの地球に生きるすべての人間が考えねばならないテーマのすべてを凝集させたような、そんな河川事業に、フジ技研は約20年前にすでに取り組んでいたのです。 平成5年、河川の護岸整備事業の中で始まったホタル水路の整備(ホタル護岸計画)は、私たちが当たり前に享受していたものがどこから来て、そしてどこに向かうべきかを教えてくれるような気がします。

ここでは、本事業に関わった2人に当時を振り返りつつ、未来に向けて「公共事業」や建設コンサルタント事業者が進むべき道を探ってもらいました。

――この事業の経緯と概要を教えてください。

清水:この事業は、既存の河川災害を防ぐ事を目的とした護岸等の工事で、平成5年に測量、平成6年に護岸設計、平成7年にホタル水路の設計という段取りで進みました。設計は県の単独事業だったので予算は県からのものですが、こうした河川整備事業というのは国が定めた河川法に基づいた計画となっています。

横澤:当時、全国的にホタル水路の再生や自然と一体化した河川改修という考え方が高まる中で、河川改修を行うことになった訳です。そこに地元の方々から、ホタルを呼び戻したいという要望が届いたんです。ただし、今と違って直接住民の方々と意見交換をした訳ではなく意見をまとめた要望書を拝見し、ホタルに詳しい先生にアドバイスをいただいて、それらを総合的に検討して設計を行いました。

――もう少し詳しく、ホタル護岸について教えてください。

清水:護岸整備とホタル水路の整備が一体となった事業ということで「ホタル護岸」と呼んでいます。ただ、どうしてもホタル水路ばかりが注目されてしまうのですが、河川を強固にすることを目的とした整備事業の一部という大元の位置付けがあってのものです。

横澤:そうですね。あくまでも最終的な目的は災害を防ぐための護岸整備です。ただ、この場合は同時に河川の中にホタルが生きられる環境も整備しようと取り組んだものですから、少し特殊でしたね。 構造の側面から言えば、この川の場合少し膨らんでいる所があったのでそれを利用したんです。長野県内ではどこの河川を見てもおおよそ同じような川幅で両サイドを河川構造物(堤防道路など)で挟まれていて、同じくらいの勾配でといった風に形状は同じようなものなんです。でもこの河川は、常に流れのある部分に偏りがあったうえに形状も変わっていましたから、ちょうど中央部分に水路を整備することができたのです。

清水:既設の河川構造物に堆砂してできた比較的流れが緩やかで少し淀んでいるところがあったんです。そういうところを選びながら計画を進めたんです。 そうそう、当時もホタルが一匹もいなかったという訳ではなかったんだよね?

横澤:そうですね。数は少ないけれどもホタルはいたようです。でも、さらに昔はもっとたくさん飛んでいたので、そんな環境を取り戻したいというのが地元の方の要望だったんです。

清水:ホタルが自生していた場所なら比較的元のような環境を取り戻しやすいと言われていますので、計画自体は無謀なこととは思いませんでした。水路整備の手順としては、ホタルの繁殖を目指す、つまりホタルのエサとなるカワニナが繁殖する環境を整えることだと考えました。

横澤:カワニナが生息しやすい水の速さや水量などを実現できるように、水路を蛇行させて流れを調整するなどの工夫を凝らしました。ただし、整備後の植生を予測するのは難しかったので、そのあたりは自然の力に任せたかたちです。いずれも初めてのことでしたから試行錯誤の繰り返しでした。

――その後、ホタル水路はどうなっているのでしょうか?

清水:当時、営業を担当していた私は事業の進行状況の把握と各部署への報告や調整を行っていたので、この事業のことも記憶に残っているんです。しかも前例のないものだったので、その後も気になって時々現場を訪れたりしています。

横澤:辰野のようにものすごい数の乱舞とはいかないけれど、けっこうゲンジホタルが戻ってきましたよね?

清水:そうだね、戻っているね。 ただし、周囲の環境まで元に戻すことは不可能なんです。新しく整備された道ができたり、以前より周辺の照明も増えていますから。とは言え、住民の方々は毎年草刈りなどの手入れをされているようで、カワニナやホタルがすみやすい環境が保たれています。欲を言えば、もう少し日陰があってほしいとか、民家の光を遮るような工夫をして低木が水路の周りに育つと、深夜ではなく、もっと早い時間からホタルが舞うようになるかもしれません。

横澤:ちなみに、環境整備以外にもこの水路を造ることには目的があったのではないかと思います。というのも、この近くには五稜郭や著名なお寺もあるので、観光面での効果が期待できる場所なんです。そういう側面で考えたら、今はまだホタルの里として名が知られるようになった訳ではありませんので、目標を達しているとは言えないようです。

清水:河川整備とホタルを呼び戻すための事業としては、8割くらいの成功事例と考えて良いと思います。観光面での盛り上がりには欠けるかもしれませんが、度を超すことなく、本来の自然環境を維持できているのかな、と思っています。今のホタルは人によって生かされて人によって滅ぼされると言われますから、こうして地元の方々がしっかり維持管理されて、ホタルがすみ付いているという現状を見ると事業としては効果のあった事例と言えるのではないでしょうか。

――そもそも、河川事業の中でホタル水路の整備を行った理由とは?

清水:これ以前は防災ばかりを優先させてしまって、目的を達成するために自然を破壊してしまった部分もあったんです。この事業に取り組んだのは、そんなマイナスの側面を見直そう、自然を取り戻そうという兆しが全国的に出始めた頃でした。ホタルが安心してすめるということはつまりは人も安心して暮らせる環境ということですよね。ですから、人と環境との共生をテーマに掲げた事業だったと思います。

横澤:当時、県内、いや全国的に見ても、河川内にホタル水路を設けるというのはとても珍しいものだったんです。河川とは、そもそも治水、つまりは水を治めることによってその近隣住民の暮らしと命を守ることを目的としています。一方、ホタルは元々生息していたのに人間が入り込んで生態系が崩され、その数が激減した生物のひとつです。したがって、今後両者が共存して行くためには人間が壊してしまったものを元に戻す必要があるということです。一見まったく方向性の違うように思われる河川事業と同時にホタル水路の整備を行ったのです。

清水:それまでの治山治水事業の考え方として造られた構造物によって災害を防ぐ効果があり、それが実際人間にとってプラスになるとしても自然や動植物にとってはどうかという配慮はそれほどなされていませんでした。それが、自然をできるだけ壊さずに業務を遂行するようにシフトしてきたのが平成に入ってからだったんです。このホタル護岸整備はちょうどそういった事業の先駆けだったのかもしれません。

横澤:専務が言うように、平成になってから河川整備の考え方が変わり始めていたのでホタル水路の部分は強固な構造物はあえて造っていないんです。石積みがあるくらいで、ほかは適度な日陰ができるように草が生い茂っていて湿り気があって、そういうホタルが求める環境の土台となる水路を整えました。

清水:この水路の整備は以前なら考えられないことだったんです。災害が出たらすぐに壊れてしまうものに予算を付けることなど考えられませんでしたからね。先にも言いましたが、良く見積もって8割方の成功かな、という思いです。ですが、周囲の環境や今の社会の流れから見てこの範囲で実現できるものとしては、とてもよい環境が維持されていると思います。住民の方の努力あってこそ、ですね。

――これからの砂防事業の方向性とは?

清水:災害に対する絶対的に強固な建造物を造ることはできません。それに、予算が少ないことを理由にも人間だけを優先してしまえば自然が破壊されます。したがって防災から減災へと考え方をシフトさせる場合もあるので、国をはじめとする行政が立てる計画に我々コンサルがいかに携わっていくかが大切になってくると思います。

横澤:そうですね。私たちはさまざまな条件がある中で、予算や周辺環境などすべてを加味して最適な建造物を設計したり緻密な調査に基づく信頼度の高い情報を提供したりして、多くの策を集結させた最善策を提案し、そしてそれを実現できるようなプランを立てることに努めねばなりません。

清水:ひとつ大事なのは、公共事業だからと言ってただ国からの指示にしたがって進むものではないということです。行政が目指すことと住民の思いの両方に寄り添いながら、双方の合意を得るためのプロセスを描くのがコンサルの仕事です。測量や設計などの技術的な業務から、土地買収の手配などの交渉や根回し、さらに他企業と恊働で事業を担うこともあります。都市部の何百人規模のコンサルとは違うので、ある部門の特化は出来ませんのでより幅広く現場経験を積んで知識を広げることが必要です。とても難しいことですがその分やりがいがありますよね。そこを自覚・認識して取り組みたいと思っています。

横澤:昔と違い、事業を進める前に構造物が自然環境に与え得る影響について調査を行うようになりました。ただ、現実には本音と建前の妥協点を見出すのは非常に難しいのです。人間がより良い生活をするためには他の生物の犠牲が避けられない現実があります。その事実を忘れてはなりません。

清水:確かに、人間が自然を壊してしまうこともあります。でも、自然というのはものすごく大きなスパンの中で育まれていて、傷ついても復活してということを繰り返しているものです。最近は防災という言葉をよく耳にしますが、同時に減災という考え方も生じ始めています。できるだけ被害を少なくする、もし被害が生じても復活できるものを造る、もしくはかつて在ったものを再現させるということにシフトしているんです。 そういう意味で、このホタル護岸整備は“ハシリ”だったのかな、と思います。今は環境配慮の意識が高まっていますからこうした事業も珍しくはありません。でも、約20年という年月が経過してこそ学べる点がこの事業には確かにあるんです。こうして私たちが学び成長するように、すべての方に公共事業のあり方や自然環境との関わりについて積極的に考えていただけるとありがたいですね。

――これからのフジ技研を担う皆さんは、お二人の話を聞いてどう感じられましたか?

金井:私の専門である測量の仕事は設計の基礎となるものでもあり、正確であることは当然ですが、現場を確実に把握したうえで有益な情報を含む細やかな測量を行うことが大切なのだと思いました。もちろん、設計者も現場に足を運んで実際に確認する訳ですが、たとえばその時に特徴的な植生まで記された図面があれば設計者のプラスになりますよね。ただし生態系調査になると専門のスタッフがいますので私は扱いませんが、それでも自分にできる範囲で設計に影響を与えるようなデータは余さず拾って反映させられるようになりたいと思います。それが結果として、その環境に最適な未来図を導き出すことに繋がると感じました。

武藤:構造物の設計には大前提として明確な基準がありますので、それに沿って考えることが基本です。しかし、そういった中でも構造物の完成後の影響や新しく生じる変化を予測したり想像したり、設計者個人がしっかりと考えを持って、そして楽しみながら取り組むことも大事だと感じました。より良いものを生み出すという認識で、その業務を楽しむという意味です。砂防計画は安全なものを造って市民を守ることが第一なので、このホタル護岸のような事業は今後あまり扱うことはないかもしれませんが、どんな事案であってもそういった思いを大切にしながら取り組んで行くことで事業内容をより充実させることができるのではないか、と考えました。

堀:公共事業はお金を費やし過ぎてよくない、というイメージを持たれがちです。ただ、そんな中でもホタル護岸のような自然環境に配慮した河川整備や通学する子どもたちの安全に配慮した道路整備など、ただ単にお金を投入するのではなく便利さ以上に大切な目的や意義を持った事業がたくさんあることを改めて感じましたし、それらをぜひ一般の方にも知っていただきたいと思いました。私が所属する企画部の仕事のひとつに、この会社はどんな仕事ができるのかということを過去の実績や技術者の能力を含めてアピールするというものがあります。今後まったく同じ内容の事業とは出合えないかもしれませんが、ホタルが舞い戻るような環境を取り戻したという実績は決して揺るぎませんので、積極的にアピールしたり知識を生かすなど多くの方に喜んでもらえるような未来の実現へと繋げて行きたいです。